女性放射線科医の一週間 |
岩手医科大学附属病院 松尾みかる
プロフィール
岩手医科大学医学部卒業後放射線科入局。その後東京逓信病院放射線科専修医を経て岩手医科大学放射線科助手。4年後退職し(週3回の仕事をする)4年後放射線科非常勤医師として復帰勤務。2006年岩手医科大学放射線科任期付助手(現在は助教)として現在に至る。
専門医会からの依頼により、私のライフスタイルについて紹介させていただくことになりました。考え方や価値観、置かれている状況は、個々に異なるので、参考になるかどうかはわかりません。しかし、私が放射線科医となり18年間をどのように変遷してきたか、around 40になってどのようなスタイルで仕事をしているのかを知っていただくことによって、読者の方々が「へー」とか「ふーん」といいながら、ちょっと楽な気持ちになってくだされば幸いです。
一週間の概要
現在、私は、岩手医大の常勤医として働いています。
当直は免除してもらっています。自宅から病院までは、自家用車と新幹線(または東北本線)、バスを乗り継いで通います。片道、1時間15分から1時間半かかります。
月曜日:朝食、弁当をつくり、子供達を学校まで車でおくる。後片付けをする。
8:30に遠隔診断用のパソコンを開く。12:30ころまで、CTやMRIの読影をする。昼食をとり、休憩。
13:30遠隔診断再開。17:00ころ終了。子供を迎えにいく。
その後、夕飯の支度、子供達に勉強の催促、入浴の催促・・・とつづく。
火曜日:大学病院出勤。
8:45からCT係をする。看護師さんや技師さんに助けられながら12:30ころ終了。
13:00から循環器センターで、先天性心疾患の患者さんのCT, MRI検査を担当。
(学位論文のテーマが先天性心疾患だった縁で、8年ほど携わっている。)
17:30ころ終了し、帰宅の途につく。18:30ころから、夕食の支度開始。
水曜日:大学病院出勤。午前中はCT係か、マンモトーム生検。(検診時期は、マンモグラフィーの読影もやる)午後は救急センターのCT読影。
木曜日:出張日。午前中は、隣接する北上市の済生会病院へ。(冬季以外は、車で20-30分で着くので、朝、子供をせかさなくてもいい。)
昼の移動時間に、役所、銀行などの用事を済ませ、食材など買い物をする。(髪の毛が伸び放題のときは、美容院へも行くこともある。)
午後は、花巻市内の総合病院でCT, MRIの読影をする。夕方、仕事が終わり次第、子供を迎えに行き、帰宅。
金曜日:大学病院出勤。午前中はCT係+マンモトーム依頼の外来担当。(外来があるときはもう一人のCT係の先生にほとんどお願いすることになってしまう。)
午後は、大学病院でCT係か、隔週で盛岡赤十字病院へ出張(CTの読影)。
土曜日、日曜日:月1−2回、遠隔診断システムで、救急センターのCT読影。
それ以外は家事と子供の世話で一日が過ぎる。
私は放射線科に入局して最初の2−3年は、仕事を覚えるだけで精一杯。今思うと、指導してくださった先生方は、かなりの忍耐をしてくださったと思います。それでも見捨てられることなく、地方会や研究会で発表する機会をつくっていただき、学会にも連れて行ってもらいました。症例報告や依頼原稿ももらって書きました。
4年目には、東京逓信病院にお世話になりました。是永先生がアメリカのレジデントが使うレーザーディスクの教材を準備してくださって、毎朝勉強会をしました。鈴木先生にはIVR, USを教わり、島田先生には乳腺のUS, 生検を教わりました。非常勤でおいでだった康本先生には頭頚部の画像診断について指導を受けました。杏林大学の似鳥教授にも大変お世話になりました。
盛岡にもどり、柳澤教授のはからいで常勤の有給職になりましたが、翌年2月、長男が生まれ、生活は一変。子供は毎週のように風邪をひいては熱をだすので、公私ともに、約束事はできない状態でした。この年は専門医の二次試験があったので、夏休みの1週間は保育園にこどもを預け、図書館へ。必死でした。秋には、小児科医である夫が盛岡から20km南にある花巻へ一人科長として赴任。夫は一晩に何度も呼び出しのある生活になり、私は電車通勤のはじまりです。夫が子供の送り迎えを担当し、息子を保育園に12時間以上もお願いしていました。長男が3歳になるころ、彼の体調が悪いのは、大人のスケジュールに合わせるために息子に無理をさせていることためだと気づき、退職。玉川教授のはからいで、仕事は大学に週1日、出張に週2日でました。家族みんなが精神的にも肉体的にも開放された感じでした。この時期に、小児科の小山教授、放射線科吉岡助教授の指導で学位論文を書くことができました。
長女を出産した後、江原教授に無理をお願いして、週4日、半日ずつ大学に出勤。週1日出張というスタイルになり、段階的に時間を延ばして、現在に至ります。昨年末からは遠隔診断システムを自宅に設置していただき、週1日は大学の常勤医として自宅勤務を認可していただいています。これは私が働きかけたことではなく、中里准教授、曽根講師、加藤講師、秘書の本波さんが中心となって業者さんや厚生労働省、県、大学側と交渉して成立したシステムです。大学も学長、病院長、女性医会の担当をする先生方が全面的にバックアップしてくださっています。
岩手県は放射線科医師が少ないので、私にもそれなりに仕事があります。また、地域住民、学校のPTA、家庭人としての役割や仕事もあります。しかし、それらすべてをやれるわけではありません。そのため、優先順位をつけて取捨選択しています。当然ながら、選択基準は個人の価値観や生き方によって異なるでしょう。そのときの体調や気分によっても左右されるかもしれません。大切なのは、自分で選択した結果に納得していること、それを精一杯やること、周囲の人たちに感謝することだと思います。(自分が関わらない仕事や役割は、ほかの誰かが請け負ってくれているのですから。)きっと気持ちよく仕事ができますよ。
